入院顛末記

2002年3月13日から20日までの8日間、ワタクシ、入院なんぞをしておりマシタ。そのトキのお話をば。

12日の朝、なーんかヘンなカンジがした。足元がゾワゾワっちゅーか、なんちゅーか。はッ。これは熱があるのではッ!?と思って体温を測ってみると38度6分。・・・ん〜なかなかあるじゃないの。でもま、いっかーなーんて思いつつ、らりらりとバイトに行ったのが間違いデシタ。私、死ぬトキってきっと「ま、いっか」が原因で命を落す気がする・・・。まーとにかく、気合いでバイトを乗りきった。で、ぐったりしながら家に帰ってベットに倒れこんだ途端、トツジョ異変がッ!!!いきなり咳きこみまくって息ができなくなったのヨ。もともと喘息持ちだったから、こりゃあひどい発作だーと思いつつ、しばらく様子を見てみたんだけど一向におさまらない。ちょっとでも気を抜くとむせかえって身動き一つ取れない状態に・・・。パニくりつつもあづ氏に電話したら、コールだけがむなしく響くのみ。とにかく救急病院を調べてタクシーでゴオ。一応あづ氏の実家に病院に行くコトを知らせておいた。

救急病院についたトキには、だいぶ発作もおさまってたケド、呼吸音はヒューヒューゼーゼー。待合室のほかの患者さんに大注目を浴びてしまったヨ。お医者さんの診察を受けて注射を打ったらすっかり楽になった。んで、クスリをもらって帰ろうと思ったら、看護婦さんに声をかけられた。「ダンナさんから連絡があって、迎えに来るそうですよ」とのコト。ハ!?ナニソレ!?あづ氏はそのトキ釧路に出張中だったのヨ。釧路から旭川にって・・・何百キロあると思ってんの!?タクシーで帰りゃ5分で家に着くっちゅーのに、3時間はかかるだろうあづ氏のお迎えをここで待てと!?わけもわからないまま、とりあえず待ってみた。んで約1時間後、あづ氏のご両親登場。あづ氏が実家の親に頼んで、わざわざ迎えに来させたモヨウ。なんちゅーオオゲサな・・・。んもう恐縮しまくりで家まで送ってもらいマシタ。

夜、発作起きまくり。吸入タイプのクスリを使うとなんとかおさまるんだけど、1時間くらいですぐに発作が起きちゃうのヨ。イヤもう苦しいのなんの!吸入のクスリは心臓に負担がかかるから、ホントは4時間以上間隔をあけて使わなくちゃダメだけど、んもう一時間おきに使いまくっちゃった。で、ろくに眠れないまま朝を迎えた、と。

朝になってみると、更に具合悪さ倍増。熱もいつのまにやら9度4分まで上がりやがった。ボーっとする頭を抱えたまま、それでも私はなぜかバイトに行く気まんまん。12時出社だから、朝イチで解熱の注射&点滴打ってもらってからでも間に合うなーなーんて思いつつ、家を出た。行き付けの病院はね、国道を越えた向かい側、だいたい50メートルくらいの激近所にあるのヨ。ちょっと遠回りして横断歩道を渡っても150メートルもないくらい。なのに!!!20メートルくらい歩いただけで私は動けなくなった。体力落ちてるのカモ、と思ってそのまま道端にしゃがんでると、時間がたてばたつほど苦しくなってきたのヨ。道路の反対側には病院がバビンと建ってるのに、ちょっと走れば10秒で着くのに、どーしてもそこまでいけない!通りすがりの人におぶって連れていってもらおうかとも思ったケド、さすがにソレはちと恥ずかしすぎる。てか、頼まれた人、迷惑すぎ。しょーがないから這うようにして家に帰ったヨ。

でも、帰ったトコで苦しさは変わらない。それどころかミョーに動悸も激しくなってる気がする。これにはビビッた。喘息の発作の上に心臓発作まで起こしたらゼッタイ死ぬ〜!!!そして、誰にも気づかれないまま死体が腐っていって、ノチノチひなこの餌になるんだ・・・イヤすぎる!!!ちゅーワケでついに救急車を呼んでしまいマシタ。それにしても対応する人のクールさ加減はスゴかった。こっちは息をするだけでもヒューヒューしちゃって、声を出すのも途切れ途切れだっちゅーのに、冷静な声で「落ちついて話してください」なんて言われちゃったヨ。「イヤ苦しいんスけど。本人なんで。」って思わずツッコミをいれてしまいマシタ。まーとにかくそのまま救急車で運ばれてそのまま入院したっちゅー次第でゴザイマス。病名は急性気管支炎。喘息の人が風邪にかかるとトンデモナイ目に遭うのネー。イヤハヤ知らなかったヨ。てかワタクシ、風邪っちゅーモンをナメテマシタ。やはし病気のトキは無理しちゃダメなのネ。皆さんも気をつけてくださいマセー。


マエヘ   モドル   ツギヘ