こころ

2001年の師走、私はとても忙しい日々を送っていた。大掃除や年賀状書きなどの年末恒例の行事もおろそかになってしまうほどに趣味に没頭してしまったためである。その忙しい中、追い討ちをかけるような事が起きた。ひなこのいたずらが急にひどくなったのだ。まるで24時間常にいたずらをする機会を狙っているかのように、ちょっとした隙を見計らってはいろいろとやらかしまくってくれた。私が洗面所で化粧をしている数十分の間に自分のトイレに敷いてあるペットシーツを破く、客室の片づけをしている間に寝室に入りこんで本や洋服を散らかす、トイレに行っているわずかな時間でさえライターや新聞紙を破壊するなど散々な有り様。叱ると申し訳なさそうな顔をするのに、それでも一向にやめようとしないのである。2歳を過ぎて反抗期なのか???と私は頭を抱えてしまった。

そして、いつものようにひなこを叱った時、今までとは何かが違う事に気づいた。確かに叱られる前は申し訳なさそうに部屋の隅でおすわりをしている。それはいたずらがひどくなる前と変わらない行動である。だが、その後のひなこの挙動が違うのだ。以前ならものすごい形相でにらみつけ、「ダメ!!!」と大声をあげる私から目をそらし、ちょっぴり困った顔をするのだが、頻繁をいたずらをするようになってからは、怒りつける私をじっと見つめて目を輝かせるのだ。まるで、怒られることを楽しみにしているかのように。そして私はひなこがなぜ急にいたずらをするようになったのか、その理由を悟ったのである。

12月に入ってからというもの、私は忙しさを理由にひなこと遊んであげていなかったのだ。その罪悪感から大好物の骨ガムをいつもより多く与え、散歩にもまめに行っていた。だがその内容は、ずっと無言でただひたすら外を歩くだけ。家に戻ったらすぐに私はPCに向かう日々であった。私はそうやって1ヶ月近くもひなこの存在そのものを無視していたのだ。それはおそらく、ひなこにとっては耐えられないほどの苦痛だったはずである。そして「怒られる」ということを通して、私との繋がりを見出していたのだろう。犬にだって人間と同じように喜怒哀楽はある。いや、集団生活の中でリーダーへの服従心が強い犬だからこそ、飼い主に自分の存在を無視されることは死に等しいほどの苦痛なのかもしれない。

年末年始、私はひなこにできるだけ構ってあげるようにした。と言っても、おもちゃで遊んであげたり、お菓子を与えたりするわけでもなく、ただ時間があるときにそばに呼び寄せ、撫でながら声をかけてあげただけである。それでも効果はてきめんだった。散歩にすら連れていかずに年始まわりで長時間留守番をさせても、一切いたずらをしなくなったのだ。「モノより思い出」というキャッチコピーがある。それは人間の子供だけではなく、犬に対しても共通する言葉だということに気づかされた。そして今、私の足元で眠っているひなこがたまらなく愛しくなるのである。



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